「バカやろう!」

「バカやろう!」

私が高校生の頃だった。

今は亡き父がラグビー仲間の親友の葬儀から帰ってくるなり、畳に突っ伏し、

「バカやろう!バカやろう!」

とこぶしを畳に何度も何度も叩きつけながら、号泣していた。

亡くなった人に「バカやろう!」なんて、とは思わなかった。

父にとってその友人が、どれほど大切な存在で、大好きな友であったかを初めて知った。

 

人生でたった一度だけ父に叱られた

私の知らない一人の人間としての父の顔を見るたびに私は

「本当は少ししか知らないのだ、私は。私に関わっている身近な人間を」と思った。

亡き父はふつうの時は底知れないくらいに優しい人だった。

私は溺愛に近いほど父に愛されたと思う。

が、その父は、お酒を飲むと本当に手がつけられないくらい酷かった。

その父に人生でたった一度だけ叱られたことを今でも覚えている。

「お前は人として最低な人間だ!大馬鹿野郎だ、お前は!」

と言われた。父は涙を浮かべながら私を叱ってくれたのだ。

そしてそのことを認めざるを得ないほどその時の私は、自己中心的でガサツでナルシスティックで傲慢な私だった。

涙を浮かべながら私を叱ってくれる人が私の人生にいてくれるということが、

その時の私にとっては本当に衝撃的だった。

そしてそのことがどれほど有難いことなのかを後になってわかるのだった。

あの時の父の顔を私は一生忘れられない。

耳障りのいい愛の言葉や励ましの言葉や承認の言葉なんかぶっ飛ぶほど、

あの時私は、父がどれほど私を大切に思い、愛してくれていたのかを知った。

 

親より先に死ぬバカがどこにいる!

そして今でも覚えているもう一つのシーンがある。

父の姉、私にとっては子どもの頃から可愛がってくれた岩手の叔母が、20代の息子を膵臓癌で亡くした後、

「親より先に死ぬバカがどこにいる!!」

と身体をくの字に曲げながら仏壇の前で号泣していた。

あの時の叔母の姿が今でも瞼に焼き付いている。

東北大学をトップで卒業し、大手企業で大活躍をしていた叔母の息子は、僅か28歳でこの世を去った。

叔母にしてみたら、息子がこの世的なエリートであることより、

ただ我が子が健康で幸せに生きていることの方がどれほどの喜びであったろうか。

その後も私は愛する人を突然失い、悲しみの涙より、怒りに震えていた人の姿を何度か見た。

 

愛としか呼べないもの

「バカやろう!」

「バカ!」

という言葉の奥に、

愛としか呼べないものを感じて、私は、かける言葉さえ失った。

「ご愁傷様でした」「心よりお悔やみ申し上げます」

などという言葉が空々しくて、

ただ一緒にいることしかできなかった。

年を重ねていくともう結婚式に呼ばれることは少なくなり、

何年ぶりに会った友人が、共通の友人の葬儀だったという切ない機会が増えてきた。

 

太宰、死にやがってバカヤロウ!

そう言えば、以前、太宰治追悼集である『太宰よ!45人の追悼文集〜さよならの言葉に変えて〜』

を読んでいた時も同じだった。

日本の文壇の錚々たる文学者たちが太宰治の追悼文を寄稿していた。

その中である作家が、自分の寄せた追悼文の最後に

「太宰、死にやがって、バカやろう!」

と書いていた。

太宰治の存在が自分にとって、日本の文壇においてどれほどの喪失であったかをこの一文に感じ、

青春時代にむさぼるように読んだ太宰治の文学を今再び読み直したいと思った。

今の私なら、10代の頃に読んだ太宰治の文学を全く違った受け止め方、感じ方をするのではないかと思った。

 

会者定離、愛別離苦

仏教には「会者定離」(えしゃじょうり)「愛別離苦」(あいべつりく)という言葉がある。

出逢ったもの同士には、必ず別れの時がくる。

生きて別れるか、

死んで別れるかの違いだけ。

別れのない出逢いというものはない。

愛すれば愛するほど別れの哀しみは耐え難い。

だから日本語の「愛」には「哀」という意味が含まれているのだろう。


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タイトル:いのち


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Published by 岡部明美

心理カウンセラー、セラピスト、研修講師、作家、東海ホリスティック医学振興会顧問 ▼詳しくはこちら