寺山修司の生き様と彼を愛した二人の女

寺山修司の生き様と彼を愛した二人の女

寺山から贈られた言葉

九條今日子の本にも、田中未知の本にも冒頭には、寺山から贈られた言葉が書かれている。

気障(きざ)と言えば気障な言葉だがさすが作家、詩人、語り部だ。

女は忘れられない思い出と愛の言葉の飴玉を時々しゃぶりながら、

いまだ残火のようにある愛情の欠片に火を灯し二人の優しい物語を再び紡ぎ出すこともできるのだ。

九條今日子の本は、正確には、天井桟敷の創立メンバーで今は作家で脚本家の青目海が、

九條今日子が寺山亡き後に青目海にだけ語った寺山と自分の物語を書き下ろしたものだ。

九條今日子は青目海に「私は寺山修司が大っ嫌いだった」と言ったかと思えば、こんなことも続けて言う女だった。

「私が今持っているものは全部寺山がくれたもの」

「寺山はとにかく遊びの天才。人生を楽しむことを教えてくれたのは寺山だった」

「私もう何も思い残すことはないの。私の人生は本当に幸せだった。でも寺山はどうなんだろう?私と出会って幸せだったのかしら?」

九條今日子は自分と寺山の物語を青目海に語り尽くしたあとに亡くなっている。

青目海は二人の師を失った寂しさを埋めるためにこの本を書き続けたと言う。

Published by 岡部明美

心理カウンセラー、セラピスト、研修講師、作家、東海ホリスティック医学振興会顧問 ▼詳しくはこちら