言葉に年齢はない
田中未知は自著にこんなことを書いている。
死んだ寺山修司が47歳をもって、もう年齢をもたないように、言葉に年齢はない。
たとえ2千年前に言われた言葉であろうと、いまもなお私たちの心を震撼させるのなら、言葉もまた生き延びることを要求しているのだ。
社会の現在を動揺させ、ときには告発し、さらには解放する言葉たち。
ときどき、彼は、自分自身に驚くように言った。
「いやあ、不思議だよね。いままでただの一度もスランプ状態がないんだものね」
言葉は泉のように尽きることなく彼の口からほとばしり出ていたのだ。
彼の言葉に対する愛の深さゆえに、ついには、言葉のほうも彼を愛するようになり寄り集まってきたのかもしれない。
16年もの間、寺山の最も近いところにいた私は、
彼の言葉が人々を扇動し、それが大きな社会変革へとつながってゆくことを肌で感じてもいた。
言葉は人間にとって不可欠なのだ。

存在そのもの、今生きて在ること、
そして出逢えたことそのものが
すでに奇跡なのだから
2冊の本はけっこう厚いのだが一気に読んでしまった。
自分の愛した男の生き様といのちを完全燃焼させて取り組んだ仕事を共にやり切った女たちの人生は
寺山修司の人生と共に奇跡のホールインワンの人生だ。
奇跡とはあり得ないことが起こる偶然のラッキーではなく、
本当はいつだって足元に、目の前に、この人生の道行(みちゆき)の中にすでにあるのだ。ただ気づいていないだけで。
存在そのもの、今生きて在ること、そして出逢えたことそのものがすでに奇跡なのだから。
