この男の生き様と遺した言葉に支えられた二人の女
きみが歌う
クロッカスの歌も
新しき家具の一つに数えんとする
これは寺山修司の元妻、九條今日子の「寺山修司 彼と私の物語」の冒頭の言葉で、寺山修司が九條今日子に捧げた言葉だ。

未知、きみは固有名詞じゃない。
ぼくとの共通名詞である。
一緒に作った一つの存在です。
これは寺山修司の劇団「天井桟敷」の立ち上げから寺山の旅立ちの日まで16年間、寺山の秘書と劇団のプロデューサー、共同生活者であった田中未知に寺山が捧げた言葉だ。

私はリアル世代ではないので、アングラ劇団で当時の若者達に人気のあった「天井桟敷」も「状況劇場」(唐十郎)も見に行ったことはない。
ただ、既存の枠組みに反発し、独自の思想で社会に向かって牙を向いている人達の本は面白くてよく読んでいたので寺山修司の本もかなり後になって読んだ。
『群れるな』とか『家出のすすめ』とか。
前述の二人の女は、1983年、47歳で寺山修司がこの世を去ってから、その喪失の悲しみを埋めるかのよう寺山修司という男と生きた日々のことを物語った。
それぞれの本が上梓されたのは寺山没後20数年たってからだ。
言語化できるまでにかかった20数年という歳月の長さに、寺山との関係性の密度と二人の物語に内在する眩い光と底なしの闇を感じた。
