人生の景色が変わる
探していた答えや真実が自分の中にあったと発見したり、物事を全く新しい視点で見られるようになったり、受け止め方が変わったりするのは『気づき』が起きたからなのです。
「自分が変わる」というのは、そういうことなのです。
「学び」と「気づき」は似ているようで、意識の深さと変容度がまったく違います。
私たちは長い間、学びとは「外側にある正解を自分の中にコピーすること」だと信じてきました。
学校教育から続く「教える者」と「教えられる者」という垂直な構造。固定化した上下関係の役割。
その中で私たちは、人生の迷いや葛藤という極めて個人的な問いに対してさえ、無意識に「専門家」や「権威」という他者の中に答えを求めてしまいます。
確かに、ビジネスの現場において「知識・情報・スキル」といった「やり方(Doing)」を学ぶことは、目に見える成果を出すための強力な武器になります。
しかし、どれだけ優れた武器を手に入れても、それを使う「私という存在のOS(世界観や自己定義や認識)(Being)」が変わらなければ、目の前に広がる人生の景色が根本から変わることはありません。
人生における真の学びとは、外側から教えられた正解を付け足すことではなく、今の自分にはもうパワーを与えなくなったものをどんどん手放して身軽になっていくことです。
そして、忙し過ぎる日常の中で、いつの間にか置き去りにしてきた「自分の一部」「本来の自分」と、再び心震えるような「邂逅(かいこう)」を果たすことです。
「所詮、夢だ」と諦めてしまったあの頃の“情熱”を鮮やかに「思い出す」ことです。
それが、体感を伴う「気づき」として起きた時には、なんとも言えぬ静かな歓びが身体から満ち溢れてきます。
「気づき」とは、単なる「なるほど」「そうゆうことか」「そうすればいいんだな」といった思考(頭)の納得感ではありません。
自分の理性と感性と身体“丸ごとの自分”の納得感なのです。
それは、今の自分を窮屈に縛り、制限していた古い価値観や今までの自分という「殻」を内側から突き破るプロセスを経て“起こる”ことなのです。
まさに、「脱皮」であり、「再生」であり、「再誕生」なのです。
