人生を劇的に変えたい

    この人生がこれからもずっと続くのなら、生きていたって何も面白くない。 なんでこんなにしんどい人生なんだろう。 人生を変えたい、生き方を変えたい。 もっと違う道があるのなら、その道に進んでみたい。 そう思いながらも、今手にしているものを手放すことがものすごくこわかった。 知らない世界に行くことが途方もなく不安だった。 そんなある日、突然、とんでもないことが人生に起きた。 しかし、これでもう人生が終わるという体験こそが、自分が本当に生きたい道に押し出してくれたのだった。 人生最悪の出来事は、どれほどの人生の贈り物を携えていたことだろう。 今の私は、あの頃、知らない世界はこわいと思っていた世界で生きているのだから、人生とは不思議なものだ。 今は、仕事柄、あの頃の自分がどんな人生のステージにいて、心の中で何が起きていたのかがわかる。 文中の「あなた」は、あの頃の「私」なのだが、人生を劇的に変えたいと今思っている「あなた」であるのかもしれない。     自分が慣れ親しんだ「既知なる道」(これまで・今まで)から、 今まで一度も歩いたことがない「未知な…

Continue reading

私のいのちを励ましてくれる、より大きないのちの源からの声

  私のいのちを励ましてくれる、より大きないのちの源からの声。 それに耳を澄まし、そのかすかな大気のそよぎに共振するように、 私のいのちは少しずつ華やぎを増してくれる。 癒しようもないほどに病んだ肉体とは裏腹に、 今を必死に生きようとしている私のいのちの感触を、 心の奥に探りあてる。     生命科学者であり、35年もの長きに渡る難病で苦しまれた作家、 柳澤桂子さんは、ベストセラー『生きて死ぬ智慧』般若心経訳で有名ですが、 上記の文章は、柳澤さんの『いのちの日記』(小学館)のプロローグにあった文章で、 「ああ、私、この感じすごくわかるなあ」と思って、共感しながら読ませて頂いたのです。     柳沢さんは、難病に苦しむ過程の中で、次第に短歌を詠むようになりました。 その短歌がとても心に響く言葉ばかりなのです。 死に対峙せざる得ない状況に立たされた人間は、生命の本質に否が応でも向きあうようになるものです。 生命の本質が見えてくるにつれ、いらないものが、自分の中からどんどんそぎ落とされ大切なものだけが残るのだと思います。 短歌や俳句という、一…

Continue reading

仏陀とキリストとソクラテス

  歴史上の偉人、聖人たちは、後世の人たちによって、どんどん神格化され、脚色されていく傾向はどうしてもあるのでしょう。 しかし、当時、身近にいた人たちにとってみたら、 「それ、ちょと違うから」 「そこまでじゃないから」 という部分もたくさんあるのだろうなと私は思います。 女性視点、妻視点から見た、釈迦とソクラテスを描いた、瀬戸内寂聴さんの『釈迦』や、池田晶子さんの『さよならソクラテス』シリーズは、そういう意味でとても面白い本でした。 『さよならソクラテス』シリーズでの妻クサンチッペとソクラテスの会話は実に痛快。 私は、「クサンチッペに1票!」と何度も言いそうになりました。 「クサンチッペ=悪妻説」を池田晶子さんは見事にひっくり返しました。 「もしかして、哲学って面白いの?」 と思わせてくれたという意味で、クサンチッペと池田晶子さんのソクラテスへのリスペクトはすごい。 寂聴さんの『釈迦』は、入魂の仏教小説です。釈迦の魅力と人生を余すことなく描き切っています。 お二人の書かれたものは、もちろんフィクションですから、事実とは全然違う部分も多々あるのでしょうが、物語として面白い。 女…

Continue reading

自分の存在を全面的に肯定する、「はい」

photo 1   どういう巡り合わせか、大学の教壇に立っている。 かつて、あらゆる授業で居眠りをしていた自分が、こんなところに立っていていいのだろうかという戸惑いはあるが、ひとたび学生たちと向かい合えば必ずさまざまな発見と感動があり、授業とはこんなに楽しいものかと、教える側になって初めて知った。 授業の初めに、出席を取っている。 「○○さん」 「はい」 単なる出欠の確認であるが、繰り返すうちに何か奥深いものを感ずるようになった。 教師が名前を呼び、学生が返事をする。 単純なその応答の中に、人間存在の本質が秘められているような気がする。 学生たちの返事は、それぞれ個性があって味わい深い。 大きな声、小さな声。自信に満ちた声。自信をもてない声。 たったひとことの「はい」でも、その声はその人の内面をよく表している。 本人は何気なく返事しているつもりでも、そのときの体調や精神状態で声は変わってくるし、何よりその人が本当に自分自身を受け入れているか否かで、返事の質は決定的に変わってくる。 名前を呼ぶということは、その人がそこに「存在」しているかどうかを問う、ということである。 &nb…

Continue reading

人と人が、存在の深いレベルで出会うということ、つながるということ

    一人の人が、生涯をかけてやった仕事を、その方が亡くなったあと、 その方に「じか」に、「なま」に「触れた」人たちが語る、師についての言葉というのは、実に興味深く、面白い。 師の仕事や人となりを語りながらも、自ずと語る人の「存在」と「人生」もまた、ある響きを持って、聴く者の心に静かな波紋を投げかけてくる。 その響きの向こうに、師のいのちの仕事の哲学と存在の影響力を鮮やかに感じる。 明らかに、今の自分にとって、この人は師だと自覚できる人もいれば、 その時には、特に師と思ってついていったわけではないが、後から振り返ると、 その出会いや学びが、どれほど今の自分になるために必要な出会いだったのか、学びだったのかがわかる師もいる。 しかし、師と言っているが、私が勝手に心の中で師と思っているだけで、 実際は、弟子入りさせてくださいと言ってその門を叩いた人は一人もいない。 きっちりとした固定的な師弟関係というものを私は望んでいない。 これからも、これが私の学びのスタンスだと思う。     このブログのタイトル 「Power of Being」は、『吉福伸逸…

Continue reading

障害者も健常者も、人は皆、誰かの役に立ちたい

  盛岡市小岩井農場の1本桜は大人気のツアースポット   日に日に暖かくなり、東京では桜の花の開花も始まっていたのに、 21日の祝日に東京に雪が降って驚いた。 降り積もる雪を見ながら、 「なごり雪」の歌が頭の中で鳴り響いているとFacebookに書いている友人がいて、 それを見たら、私も大好きだった「なごり雪」を口ずさんんでいた。 季節と季節が交差する、ほんの微かな、一瞬の季節。 その名もない季節に重なり合う色の豊かさ、光の眩さを感じている時が好きだ。 17日の土曜日に岩手県の盛岡に行ってきた。 私の生まれ故郷は、岩手県の釜石だが、 岩手県での講演は今回が初めてのこと。 盛岡に着いたら、すごく寒かった。まだまだ春は遠かった。 会場がある雫石(しずくいし)町は、盛岡から車で20分くらいの所。 雪がいまだに50センチくらい積もっていてびっくり。 ついこの間まで雪が降っていたそうだ。     今回は、雫石町の福祉作業所「かし和の里」20周年記念式典に呼ばれて200名ほどの方の前でお話させていただいた。 お子さんが知的障害を持って生まれた親御さんたちの苦…

Continue reading

真理の大海は、いまだ発見の手がつけられないまま

  photo 1   こどもたちへの一番大切な贈り物一 美しいもの、未知なるもの、神秘的なものに目を見張る感性ー「センス・オブ・ワンダー」を育むために 子どもと一緒に自然を探検し、発見の喜びに胸をときめかせる。 レイチェル・カーソンの 「センス・オブ・ワンダー」(新潮社)という本の帯に書いてある言葉だ。 『センス・オブ・ワンダー』 なんと美しい言葉の響きだろう。 レイチェル・カーソンは、世界の歴史を変えた1冊と言われる「沈黙の春」の著者だ。 「沈黙の春」は、地球環境汚染の実態を世に先駆けて告発した本で世界的ベストセラーとして有名だ。 その彼女の最後の著作が『センス・オブ・ワンダー』だ。 まるで絵本のような雰囲気の本で、文章も優しくて、所々に入っている写真も美しい。 海洋生物学者であるレイチェル・カーソンは、この本の中でこんなことも言っている   科学者がしなければならないのは、 世界を愛することだ。 理解する前に自然界を愛することが最もたいせつなのだ。 もしもわたしが、すべての子供の成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっているとしたら、 世界中の子供…

Continue reading

人間関係の春夏秋冬

    ●人間関係の春夏秋冬   人と人とが本当にいい関係、心地いい関係になるためには、 関係性という空には、何度かの雨、嵐、雹、霰が降り、隙間風が吹いたり、霜が降りたりする季節が必要なのかもしれない。 いろいろ降ったり、吹いたりした分だけ、この空は、高く広くなっていくような気がする。 ひとりの人間がいくつものつらい季節を乗り越えて、成長し、成熟していくように、 人間関係にも春夏秋冬があるのだろう。 その季節を共に生き、共に超えていける相手に巡り合えること以上の幸せはないのかもしれない。   ●出会い、巡り逢い   人生を変えてしまうような出会いや再会というのは、決まって、予想もしていなかったようなかたちでやってくる。 出会い、巡り逢いというものが自分の計画の及ばないところで起こるものであるならば、きっと、これは、神さまのお仕事なのだろう。   ●沈黙は、祈りに似ている   土の匂い、森の匂い、風の匂い、お日様の匂い。 自然は、こんなにもいろんな匂いがあるのだ。 沈黙すると、今まで聞こえなかったものが聞こえ、匂わなか…

Continue reading

神は強情に不在し続け 私は強情に愛し続けた

    今ほど女性が自由に生き、自由に仕事をし、自己表現し、 自分らしい人生を生きている人など一部の女性でしかなかった時代一 存在も言葉も表現も尖りまくっていたかっこいい女性たちがいた。 女性の自立と、恋の挾間で揺れ動いていた20代の私が、 その圧倒的存在の魅力に痺れた一人の女性詩人がいた。 その名は、吉原幸子。 私は、自分の中にある激しさと情熱とパワーが、破壊と喪失の傷につながるたびに 「吉原幸子の詩集」に手を伸ばした。 最初はなんて美しく、カッコいい詩人なのだろうと惹かれた人なのだが、 詩集のページをめくるたびに、 この詩人の紡ぎ出す言葉の魂が当時の私の琴線に深く触れてきた。 そして、私は、彼女の言霊によって、私の本来の「生の色と音と香り」を思い出すのだった。 そして、歳月が流れ、今再び読み返してみると、 色もなく、香りもなく、言葉もない世界に突き抜けていくために彼女は、 この世の、色という“個の肉体と体験”の世界をとことん味わい尽くして、 それを言葉にして逝ったのだということがやっとしみじみとわかる年齢になった。 彼女は若き日の私にとって、 まさに「Power…

Continue reading

人生の暗号解読の鍵

私は、ある夏の日の夕方、泣きながらこの世に生まれた。 人はみな泣きながらこの世に生まれる。 安全な子宮の海を船出して、未知なる航海に出て行くことがどんなにこわくても、ある日、新しい世界に旅立つことを決意して人は生まれてくる。 まるで、この世の痛みや苦しみを象徴するかのような、あの真っ暗で狭い産道。 その暗闇の道を潜り抜けて出てくることは、どんなにか不安でこわかったことだろう。 人は誰でもこの世界に生まれる時に産声をあげるけれど、生きていく中で、自分の中から新しい自分が生まれる時も産声をあげる。 古い私が死に、新しい私が生まれる時のあの耐え難いほどの恐怖と苦痛、胸が張り裂けそうな痛み。 私も、自分の内側を旅し始めたどこかの時点で、確かにある日、魂の産声をあげたのだと思う。 でも、その日がいつだったのかはもうよくわからない。 とにかくその産声をあげた日から、私は、「私とは誰か」「世界とは何か」「私は何のために生まれたのか」という探求の道に歩みだしたのだ。 歩き出した最初の一歩はいつだったのだろう。 もうずいぶん遠い昔に感じる。 心理的なハイハイ期間、つかまり立ち、ヨチヨチ歩きの期間があって…

Continue reading

Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial