樹木希林さんの遺作となった映画【日日是好日】と【あん】を観て

樹木希林さんの遺作となった映画【日日是好日】と【あん】を観て

この言葉以上のもの

先日、前から見に行きたいと思っていた樹木希林さんの遺作となった映画【日日是好日】(にちにちこれこうじつ)と、

数年前に話題となり、希林さんの映画の最高傑作ではないか言われている、

【あん】を下高井戸シネマに見に行きました。

ふたつとも深い余韻を残す素晴らしい作品でした。

人はあまりに悲しい時は涙さえ流れないことがあります。

同じようにあまりに深い感動を覚えた時は、言葉にならないときがあります。

敢えて言葉にしてみても、自分が「感じていたこと」、自分の中で「起きていたこと」は、

この言葉以上のものだという実感の方がリアルなのです。

なのでブログに書いてはみたものの、やはり多少のもどかしさはあります。

ただ言えることは、よく映画評をブログに書く人が「ネタバレになっちゃうけど」

と断り書きをする、その「ネタ」という軽い言葉で表現するのはちょっと失礼な気がするのです。

ネタという言葉は例えば、デートでの話題としてのネタ、朝礼ネタ、ブログネタという時の「ネタ」です。

この映画は、ネタという言葉が表現する、

ストーリー、出来事、体験、情報とは、

意識のベクトルが真逆の映画のように思います。

今回のブログは、たまたま【日日是好日】を見たので、この映画について書こうと思ったわけですが、

考えてみれば今年に入ってから書いたブログは、

本来の日本が持っていた伝統文化や精神文化の見直し、再評価、再生、復活、発信、創造について触れているものが多いことに改めて気づきます。

本来の日本はサスティナブルな社会だった

 

存在の余韻

【日日是好日】も【あん】も、

スクリーンの中の樹木希林さんが、もうこの世にはいないのだと思いながら見ているので、

見ている者の感じ方を深め、感性を研ぎ済まさせてくれたという面はあると思います。

死は、その「存在の余韻」を残されて生きる者たちの心に刻印し、何が本当に大切なことなのかという問いを投げかけらるように思えます。

そういう意味では、特に遺作となった「日日是好日」は、樹木希林さんの遺言のようにも思えるのです。

 

大切なことは語り切れない

この2つの作品は、誰かに、

その映画って、

「どんなストーリーなの?」

「どんなあらすじ?」

と聞かれて、仮にストーリーを語ったとしても、

本当に大切なことはすべて語り切れなかったということを、

伝えている本人が一番感じてしまうような映画です。

刺激的でワクワクするようなストーリー、ハンカチがグショグショになるようなラブロマンス、

スリルとサスペンス、ミステリーやファンタジーやエンターテイメントを映画に期待されている方だったら、きっと、

「超つまんない、どこがいいのこの映画?」

「単調、退屈、暗い、地味。おもろなーい、金返せー」

と思うような映画かもしれません。

でも私は、久しぶりに終わったあとしばらく席を立てずぼーっとしてしまい、

映画の感想を一緒に見にいった友人とすぐにシェアすることもできなかったのです。

自分の深いところが静かに感動しているのです。

気がつくとひとしずくの涙が流れていました。

その涙は、広い空へ、大きな大地に還っていくような感じがしました。

やってきて、還っていくところを知っている涙でした。

 

茶室の夏障子を透かして見える、強い夏の太陽

【日日是好日】は、約25年に渡って主人公典子の人生を茶道を通して現した映画です。

典子は、個性や能力や容姿が特別際立っているスター的存在感ではありません。

敢えて言うなら、野の花のような美しさを内に秘めた女性です。

この映画は、どこにでもいる普通の女性の普通の日常生活が描かれているのですが、

その典子が、樹木希林演ずる茶道教室の武田先生との関わりを通して精神的に成熟していく過程が、

彼女の立ち居振る舞いや佇まいの変化でわかります。

典子は、いつのまにか独特の存在感を醸し出す大人の女性になっていきます。

顔や表情や仕草や所作が若い頃とは異なり、

生きる姿勢に静かな安定感と凛とした精神の柱が立っていくのが見ていて伝わってくるのです。

映画は、典子の就職活動の挫折や失恋(恋人の裏切り)、父親の突然の死などドラマになるシーンがあるのですが、

大森立嗣監督は、敢えてそこを追いかけません。

どんなドラマが典子の人生に起ころうとも、

茶室の中の典子の在りようと、四季の移ろい、あるがままの自然が映し出されます。

茶室の夏障子を透かして見える、強い夏の太陽に照らされた庭の草木。

猫間障子のガラス越しに望む紅葉や雪景色。

暑い日に少し大目に流れるつくばいの陰影、、、水の音

この映画は、自然音が効果的に使われていてとても心が落ち着きます。

 

「感じる世界」「いま・ここ」の豊かさ

季節のように生きる

雨の日は雨を聞く。

雪の日は、雪を見て、

夏には、夏の暑さを、

冬は身の切れるような寒さを。

五感を使って、全身で、その瞬間を味わう。

 

これは、【日日是好日】のコピーです。

【日日是好日】は、よく掛け軸で見かける禅語のひとつです。

この映画の原作は、森下典子さんの自伝エッセイ「日日是好日・お茶が教えてくれた15の幸せ」を元に作られれいます。

私は茶道も華道も嗜みませんが、道の思想には心惹かれるものです。

そして、この映画は、ストーリー展開の方には赴きを置かず、

ただ淡々と四季の移ろい、風の匂い、水の流れる音、雨の音、

木のそよぎ、葉っぱの揺れ、散る花びら、流れる雲、青い空、暖かな日差し、寒風、激しい豪雨の音、美しい雪景色、

湯の立ち上がりとこぼれ落ちる音、袱紗の音、茶道をたしなむ人の瞬間瞬間の所作の美しさが映し出さされていきます。

「感じる世界」の豊かさ、美しさ、尊さ。

「いま・ここ」を味わうことのかけがえのなさ。

音と音の間の静寂

色と色の間の、何も色のないもの、透明であることの美しさ。

形ある物を、ただそこに、そうあらしめている空間。

映像で見るその瞬間瞬間の音や色や様をただ感じ、見守っていると、

まるで、ビパッサナー瞑想の合宿にいて、瞬間瞬間に気づきのサティを入れているような気分になり、心がとても静かで穏やかになっていくのでした。

 

すべてよし、これでよし

【日々是好日】という言葉の「好日」という言葉は、

二元的思考の「良い」「悪い」という意味での「良い」ではなく、それ自体の尊さを表したもの。

すべてよし、これでよし。

比較することなく、また独善的でもない「好日」。

青空でも、曇り空でも、雨降りでも、雪の降る日でも。

その日、その時、その出来事を、

ただあるがままに受け入れる心。

あるいはもっと些細な事柄一

食事を作る。一緒に食事する。外を散歩する。子どもを抱っこする。手をつなぐ。

洗濯物を干す。洗い立ての服を着る。お花の手入れをする。土に触れる。掃除をする。

相手の話を聴く。相槌を打つ。微笑む。ありがとうとごめんなさいを言う。

お風呂に入る。からだに触れる。暖かなお布団にくるまれる。

そういった何気ない行為や体験にすら、

その瞬間に心を込め、味わい、慈しみ、感謝すると、

どれほど心は静かに満たされていくことでしょう。

【日々是好日】とは、

もしかしたらこうした、

「もう二度とは戻らない時間」

「かけがえのない人生」

というニュアンスに近いのかもしれない。

【一期一会】と同じような、

不可逆性の生の奥深さや神秘にも相通づるものように思う。

 

世の中には“すぐわかるもの”と、“すぐわからないもの”の2種類がある

「頭で考えないで自分の手を信じなさい」

「始めに形を作っておいて、後から心が入るもの」

「五感を使って全身でその瞬間を味わう」

「自前のものを持てばいいのではなく、根本をしっかりと知ってた上でやらないと、それは自由じゃなくて、めちゃくちゃ」

「こうしてまた初釜がやってきて、毎年毎年、同じことの繰り返しなんですけど。でも、私、最近思うんですよ。こうして毎年、同じことができることが幸せなんだって」

「世の中には“すぐわかるもの”と、“すぐわからないもの”の2種類があるの」

武田先生は、典子にとってお茶の先生であるだけでなく、人生の師あることもわかる。

口数少ない武田先生の言葉の中で、典子の人生に影響を与えたいくつもの言葉があったが、

私自身も共感する言葉ばかりだ。

この映画のトップシーンは、典子が子どもの頃、家族で見に行った、世界的な名画と言われるフェリーニの映画「道」が、

子どもの典子にはどこかいいのかさっぱりわからなかったという話から始まります。

しかし、【日日是好日】の後半、典子は理解していきます。

すぐわからないものは、長い時間をかけて、少しずつ気づいて、わかってくるものなのだということを。

子どもの頃は、まるでわからなかったフェリーニの「道」に、

今の自分がとめどなく涙を流すように。

それが、人が様々な体験をしながら年を重ね、成熟していく姿なのだと思います。

私も、【日日是好日】を10代、20代の頃に見たとしたら、この映画の本当の良さはわからなかったかもしれません。

全然ドラマティックでないことに退屈を覚えたのではないかと思います。

武田先生が、典子に「毎年同じことができる幸せ」を語りますが、

人生で多くの痛みや喪失を経験してきた人であればこそ、

この言葉の意味深さが心に染み入るように感じられるのではないでしょうか。

 

見ないで、観る力が鍛えられる

【日日是好日】は、世阿弥の

「風姿花伝」に書かれた、

「秘すれば花」のような映画でもあります。

全てを見せない。

全てを言わない。

それが相手の想像力が生まれるスペースを作る。

そこには、見えるものや聴こえる言葉や色や形を生み出す広大な精神宇宙が広がっている。

「聞かないで、聴く」

「見ないで、観る」

「言わないで、謂う」

こんな力を鍛えられる映画のようでもありました。

秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず
(世阿弥の言葉)

そして、樹木希林さんはこの映画に出た感想をインタビューされてこう語ります。

「みんな誰でも踏み迷うのね。若くても年とっても。そんなの当たり前、人間としてはね」

「そんなときに、みなさんのそれぞれ生活の中に、長く続けているもの、そこへ行くと、それをしていると、あまり無理しなくても、本当の自分をふと置ける場所を作っておくといいかもしれませんよ」

典子にとってはそれが武田先生のお家の茶室であり縁側だったのだろう。

 

地味で目立たなかった子が、唯一無比の存在感ある人へ

河瀬直美監督の【あん】の方は、見れば映画としての素晴らしさは、すぐにわかる作品だと思います。

なので今回のブログでは【日日是好日】の方をメインに書きました。

【あん】は、樹木希林さんの透明感が強く印象に残る映画で、

テーマも深く社会性を帯びている優れた作品だと思います。

【あん】の原作者であるドリアン助川さんと樹木希林さんが、映画のPRのために全国を回っていた時のエピソードが好きです。

福島県の会津の中学校では、映画を見終わった後の感想を生徒たちに聞いていった時に、

ある少女は固まってしまって、

一言も感想が言えなかったのです。

その女生徒を樹木希林さんは全身で抱きしめて、こう言ったそうです。

「私も同じだったのよ。感想など急に聞かれても一言も喋れない子だったの。でも胸の中にはたくさんの想いと言葉があった。いっぱい感じていたの。あなたもそうでしょう?」

その子は無言で頷き、泣いたという。

わかってもらえるということがどれほど嬉しいことか。

子どもの頃から無口で地味で目立たず自己表現できなかった希林さん。

美しく華やかな女優たちの中で若い頃から老け役ばかりだった希林さん。

その希林さんが晩年は、唯一無比の存在感のある女優になったのだから、まさに嘆きの中に天命あり。

全身癌に冒され、私生活も波乱万丈だった樹木希林さんの女の一生は、

その人生そのものが映画になりそうですが、実際は、人生の最後の作品群は、

色がなくなり、静謐、静寂、安寧という言葉がとても似合うものばかりでした。

これだけ味わい深い映画を1日で2つも見れて良かった。

次はやはり希林さんの「万引き家族」「人生フルーツ」「神宮希林 わたしの神さま」
も見に行きたい。

下高井戸シネマは、映画のセレクションが素晴らしく、

「わ、これ見てみたい」という映画のポスターがいっぱい貼ってありました。

今度は下高井戸シネマで何を見ようか?

予告を見て惹かれたのは、

「色とりどりの親子」

「ガンジス」

「バハールの涙」

やはり映画館で見る映画っていいな。

 


 

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心理カウンセラー、セラピスト、研修講師、作家、東海ホリスティック医学振興会顧問
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