誰かの苦しみをどれだけ理解し、寄り添えるか

誰かの苦しみをどれだけ理解し、寄り添えるか

東大医学部を出て看護師になり精神科病棟に勤務していた女性が

現行の精神科病棟の人権を無視した凄まじい実態を明らかにした「傷の声」(斎藤塔子著)を先日読みました。

彼女は自身が親の支配とコントロールに苦しみ続け精神疾患を患い、最終的に自ら命を断ちました。

命をかけて親の支配とコントロール、暴力がどれほど子どもの心を蝕むものなのか、

現行の精神科医療がどれほどひどいものなのかを著書で訴えて20代の若さでなくなりました。

原稿が脱稿し出版社に送った直後の自死でした。

彼女がいのちをかけて親や社会や精神科医療に訴えかけているものは胸に迫るものがあり、何度も涙しながら「傷の声」を読みました。

彼女は自傷を繰り返していました。アームカットを何度も何度も。

腕から流れる血を見ると自分は生きているんだと確認できたと綴っています。

親から愛をもらえなかった彼女の深い心の傷は自分自身を追い込んでいったのです。

 

幼少期に親の愛と庇護を受けられなかった絶望と悲しみ

反対にその抑圧された情動を他者に刃を向ける人たちもいます。

ご存知の方も多いかもしれませんが、永山則夫をはじめとする連続殺人を犯した人は、

幼少期に親の愛と庇護を受けられなかったどころか、

凄まじい言葉の暴力や身体的暴力、ネグレクト(育児放棄)にあっている人がほとんどです。

被害者意識は、仕返しと復讐心を内在しているので、

抑圧された情動は、限界値を超えた時になんらかのアクティング・アウト(行動表現)に変わりうる可能性を秘めています。

 

罪を憎んで、人を憎まず

しかしもし私の子どもが、殺人鬼の犠牲になって亡くなったとしたら、「罪を憎んで、人を憎まず」

という宗教的心情になれるのかといったら自信はありません。

愛おしい我が子を殺した加害者をとことん憎むと思います。

それは人としてあたり前の心情だと思います。

しかし、それでもなお、加害者の悲惨で過酷な境遇に自分自身がもし置かれたら、

自身もそうなる可能性を秘めているのが人間であるという認識だけは持っていたいと思うのです。

 

人と人の深いつながりの欠場

今日至るところでシステムの破綻が起きています

家庭、学校、医療、企業、政治、、、

人のいのちの営みである、あらゆる場で、人と人の深いつながりの欠如、相互理解と相互信頼の欠如、愛の欠如が、

現象の背後にある本質的な社会課題なのだと思います。v

ある精神科の研修医が、自身のブログでこの「傷の声」ついて書かれていました。

 

精神科病等の“光”と“影”が交錯する痛切な記録

自らが「拘束」という名の治療を受けた精神科病棟のリアルかつ衝撃的なエピソードから始まり、

その背景に存在する家庭環境による養育の問題、自傷行為が描かれている本書は、

ページをめくるたびに激しく揺さぶられるような衝撃をもたらします。

タイトルが示すとおり「傷」という生々しい言葉を通じて、読者は一気に著者の内面に引きずり込まれます。

しかしその一方で、文章自体は驚くほど読みやすく、著者の心情がスラスラと胸に届くため、一気に読み進めてしまう作品です。

 

体験を通して見つめた“精神科病棟”の現実

著者は複雑性PTSDという診断を受けつつも、最終的には自身が看護師となり、精神医療の現場に携わる道を選択しました。

著者の人生は、いわゆる「自己責任」では片づけられないほど複雑な経緯をたどっています。

本書の特徴的な点は、「患者の声」、そして「看護の声」としての視点を両方あわせ持ちながら、

精神科病棟の内情や、今の医療が抱る“光”と“闇”を深く掘り下げているところです。

医療者が“患者さんを見る”という構図だけでは決してわからない、わかってもらえない当事者のリアルな声

 

治すとは何か?

それが本書では筆者の生々しい経験を通じて語られます。

診療や看護の現場で起こる葛藤やジレンマ、

患者さんとそれを支える者とのコミュニケーションのあり方、

そして「治療とは何か?」という大きな問いが、読者の心に重くのしかかります。

“治す”とは何か?──読む者に突きつけられる問い

私は医師として日々患者さんを診ていますが、この本を読んだ後に「本当にいま目の前にいる患者さんを救えているのか?」と自問せざるを得なくなりました。

 

患者の立場とケアする立場

本書を開く前と閉じた後では、自分の中にある“治療”や“医療”の意義が明らかに変容したように感じます。

病気を数値や症状の枠組みだけでとらえるのではなく、人生の文脈に置き換えてどのように寄り添うべきか。

本書が伝えるのは、「患者の立場」と「ケアをする立場」の対立構造ではなく、当事者であり、かつ専門家であるからこそ見えてきた医療の歪みや限界です。

著者の言葉は、“心の痛み”の本質やその先にある希望・絶望を、単なる感傷や理想論にとどまらず、読者に真正面から突きつけます。

だからこそ読み進める際に鋭い痛みをともない、ときに殴られたような衝撃を受けつつも、その生々しさに大きな説得力を感じるのです。

 

悩みを分かち合うこと

一方で、本書は“医療の闇”を批判するだけではありません。

むしろ、絶望と苦痛のなかで出会った、ほんのささやかな救いの瞬間や、同じ悩みを分かち合うことで生まれる共感の価値も丁寧に描写されています。

精神科病棟での患者同士の交流や、一部の医療スタッフが示してくれた優しさには、どこか救われる思いがしました。

そこには「人は一人ではない」というメッセージがこめられており、それが医療の力を支える大きな柱なのだと再認識させてくれるのです。

著者の率直な語り口は、人間の深い部分にある“苦しみ”をありのままに言葉へと変換しながら、読者を迷わせることなく導きます。

自らの心情を言葉として表現し、その経験をしたことのない我々にも実体験したかのように思わせられる表現の連続。

誰かに強いられた“優しくて簡単な言葉”ではなく、自らの痛みをかみしめたうえでしか紡ぎ出せない一文一文。

だからこそ、この本は“衝撃的”でありながらも、“わかりやすく”、不思議な引力を持って読み進められるのだと感じました。

医療従事者こそ手に取りたい一冊
精神科疾患の理解は医療の現場でも社会的にも広がってきていますが、まだまだ十分とは言えません。偏見や差別が未だに強く残っています。

私も1人の医療従事者として、その事実を改めて噛みしめました。

 

医療とは誰かの苦しみに寄り添うこと

医療とは、本来「誰かの苦しみに寄り添う」もののはずです。

病気の原因を探り、症状をコントロールし、治療効果を測定する——これは医師としての当然のアプローチではあるのですが、

一方で医療というのは本来、「誰かの苦しみをどれだけ理解し、寄り添えるか」という極めて根源的な営みでもあります。

そこには身体的な苦しみだけでなく、精神的な苦しみもあるはずです。

それにもかかわらず、“患者さん”という言葉を使うだけで、まるで向こう側の人間のように感じてしまう瞬間はないでしょうか。

医療者としての立場に限らず、社会的な役割や“◯◯らしさ”に縛られてしまい、人としての距離を見失うことはないでしょうか。

その原点に立ち返らざるを得なくなるのが、本書の最も大きな特徴かもしれません。

『傷の声』は、当事者でありながら医療の内部にいる著者の声を通して、医療の在り方に疑問を投げかけてくれる本です。

日々の一瞬一瞬の対話や観察、対応の積み重ねを丁寧に見直していきたいと思えるのです。

人はそれぞれ、いつどこで深い傷を抱えるか分かりません。

そして、それをどう受け止め、向き合い、乗り越えていくかは千差万別です。

著者が身をもって示すように、人が抱える“傷”は決して単純なものではなく、その場しのぎで解決するほど軽いものでもないのです。

『傷の声』は、著者自身の語りを通して、私たちが当たり前だと思ってきた枠組みを揺さぶり、“個人の物語”としての精神医療を強烈に提示してくれます。

本書を読み終えて、あらためて「医療従事者」という肩書を離れ、1人の人間として患者さんの苦しみに耳を傾けるきっかけとなりました。

医療に関わる関係者として、また読者として、ぜひ多くの方に触れてほしい作品です。

深い痛みの声と対峙することで、新たな気づきや、より良い医療への第一歩が生まれるかもしれません。

 


 

2025年下半期の予定

⚫️8月30日(土) 31日(日)

未来の医療・未来の地球・未来の私達「いのちの祭り」

⚫️9月5日(金)〜7日(日)

草津ワークショップ
岡部明美3Dsys WS

「今こそ 感性は力」
〜いのちの輝きは、感性を取り戻すことから〜

⚫️10月11日(土)〜13日(祝日)

三浦ワークショップ
岡部明美&大塚あやこコラボWS

「わかった」から「変わった」へ飛躍する!

〜身体と感性がよみがえる〜

⚫️11月1日(土)〜3日(祝日)

清水友邦呼道ワークショップ
岡部明美オーガナイズ

〜抑圧された無意識の衝動を意識化する〜

⚫️9月〜12月(1day 4回)
LPLファーストスクール

〜気づきの力を養い人生の主人公として生き、より良い人間関係を自分からつくれる人になる〜

お問い合わせ/お申込みは下記から
2025年8月〜12月
岡部明美ワークショップ一覧

https://www.okabeakemi.com/workshop/

【8月30、31日のイベント】

未来の医療・未来の地球
未来の私たち「いのちの祭り」

チケットのお申込みはこちらです。まもなく満席になりますのでチケットのお申込みはお早目にお願いします🎵

【30日前売りチケット】

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『私に帰る旅』
(学芸みらい社)


角川学芸出版から刊行された本書が、
装幀も新たに学芸みらい社から刊行されました。
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『約束された道』
(学芸みらい社)


2017年6月刊行と同時に増刷。
2018年4月第3刷決定。
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『もどっておいで私の元気!』
( 善文社)


1996年5月刊行から24年間のロングセラー。第12刷。
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『いのちの花』
(CD)


¥2,000
CDは講演会、ワークショップ等で販売しています。必要な方は、Facebookのメッセンジャーにご連絡下さい。

 

投稿者プロフィール

岡部明美
岡部明美
心理カウンセラー、セラピスト、研修講師、作家、東海ホリスティック医学振興会顧問
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