神の好きなものは「器の大きなバカ」と「素直で正直なアホ」

神の好きなものは「器の大きなバカ」と「素直で正直なアホ」

 

 

『アホは神の望み』

この本のタイトルを本屋で見た瞬間、

「わ、わたしの本だ!」

と思わず手にとりました。

著者を見たら、村上和雄先生(筑波大学名誉教授・遺伝子の世界的研究者)でした。

村上先生、よくぞこのタイトルで本を出してくれました、

と私の心は小躍りしました。

講演会ではお腹抱えて笑うくらい村上先生の失敗談やおっちょこちょいぶり、愚直な猪突猛進ぶりはお聞きししていました。

この本は、世にいる「なんで自分はこうアホなんだろう」

と自分の性格をのろいたくなるほど恥ずかしいと思っている人にどれほどの勇気を与えてくれる本でしょうか。

おバカとか、天然とか、もうその領域をはるかに凌駕したアホとしか言いようのない人というのがいるものです。

私が、そうです。

私の数々の奇行、愚行、鈍行、言い間違い、聴き間違い、書き間違い、粗忽者ぶりは、

周りの人をどれだけギョーテンさせ、呆れさせ、顰蹙を買ってきたことでしょう。(自慢にはなりませんが、自慢にしてもいいかもネタもあります)

村上先生は、そのアホ人間をこの本で褒め称えてくださっているのです。

 

 

利口やかしこさのスケールが小さい

 

苦しい時こそ笑っていられるようなアホやバカが、

いまこそ必要なのだとうことを、

私はこの本で述べたいのです。

世の中に笑いが減るのと並行するように利口な人が増えました。

頭の回転が速く、目先のことに鼻がきいて、機を見るに敏。

人に先行して、競争に強く、ムダや抜け目がなく、

合理的かつ効率的で、どんな問題もすばやく解いて、

決められた道を最短距離で行くことが得意。

 

しかし、そういう利口な人たちを見ていて気づくことがあります。

一つは、その利口やかしこさのスケールがどこか「小さい」点です。

頭は切れる、学歴も高い、知識も豊富だ。

しかし、ヘンに世間知らずだったり、

人間関係がうまく結べなかったり、

人の心の機微に疎かったり。

 

あるいは、分析は鋭いけれど視野が狭かったり、

理が勝ち過ぎていて柔軟性に欠けていたり・・

そのために、せっかくの知性に偏りが生まれて、

そのせいで頭脳や人間のスケールが小さく感じられるのです。

こういう人は、人間としての容量が小さいので、挫折に弱いところがあります。

ちょっとしたことでつまずき、つまずくとなかなか立ち直れない。

 

 

 

自己肯定感がモリモリアーップ!

 

村上先生は『アホは神の望み』の中で、アホの必須条件として、

「おっちょこちょい」

「感じたらすぐ動くフットワークの軽さと行動力。つまり軽率さ」

「興味をもったらやらずにはおれない、行かずにはおれない、関心を持ったら確かめずにはいられない、好奇心の強さ」

「感動することが好き」

「人からなんと言われようが、やりたいことをやる。やりたいことしかやらない」

「愚直で、素直で、正直な器の大きいアホ」

をあげられていました。

なんだか自分の性格を恥じ入っていた私を賞賛してくれてるようで、

妙に「自己肯定感」がモリモリアップしました(笑)

村上先生は、京都大学も絶対にまぐれで入ったと思うとおっしゃっているし、

実際、インテリだったら絶対に手を出さないような地味な研究ばかりしていて、全然日の目を浴びないので、

同級生から「アホの村上」とよく言われていたそうです。

学生時代は劣等感のかたまりだったそうで、ばかにされて学校の屋上で一人で泣いたこともあるそうです。

ですから、村上先生の世界レベルでの遺伝子研究の成果が新聞や雑誌をにぎわし始めた頃、

同級生が、「これは本当にあのアホの村上がやったのか?同姓同名なんじゃないか」

と揶揄されたそうです。

村上先生と芳村思風先生(感性論哲学創始者)と行徳哲男先生(日本BE研究所所長)の3先生が全国で開催された

「サムシング・グレートは語る」

というシンポジウムの司会・進行役で2年間関わらせていただきました。

私は芳村思風先生と行徳哲男先生とは長年親しくさせていただいているのですが、

村上和雄先生はこのシンポジウムで初めてお会いしたのですが、すっかりファンなりました。

この本は村上先生の数ある講演ネタでも爆笑話が満載されているので最高に面白かったです。

 

 

「アホ力」は、神様からいただいた才能

 

私は、この本を読んで、自分の「アホ力」に自信をもちました。

太鼓判を押してもらったような気がします。

新版『私に帰る旅』(学芸みらい社)を読んでくださった方はご存知だと思いますが、

私が生死を彷徨う大病から生還できたのは、

優秀な脳外科医に巡り合えた幸運だけでなく、

私のこの「偉大なるアホ力」も大いに貢献してくれたと思うのです。

どこの世界に、生きるか死ぬかという状況に立たされている面会謝絶の重病患者が、

毎日、病室でマーサージやパックをやるでしょうか。

毎日、マンガを読んでゲラゲラ笑うでしょうか。

ハンサムだけど超無愛想な担当医師を笑かしてやろうと、

毎朝今日のネタは何にしようかと闘志を燃やすでしょうか。

理性的な現状認識不足も甚だしいのですが、

私は、ただただ、おばあさんみたいになっていく自分の顔が悲しかったのです。

だからきれいになりたい一心で、毎晩、マッサージとパックをしていたのです。

笑うと楽しいからマンガを読んでいただけなのです。

あのような深刻な状況にありながら、

どうしてもシリアスになり切れないのは、

私の天与の才能である「アホ力」が半端じゃないからです。

どのような状況の中であれ「アホ力」がいかんなく発揮されるのは、

神さまからいただいた才能だったのです。

 

伊藤レオ君

 

マインドはシリアス病

 

「アホが神の望み」なのであれば、アホな人はみんな神さまの秘蔵子ではないですか。

そうなのです。「生」は、本来深刻なものではありません。

シリアスになってしまうのは、

頭・思考(マインド)のクセ、嗜癖なのです。

マインドは絶え間なく、

自分や人に「いい・悪い」「いい・ダメ」「正しい・間違っている」

と裁判官のように評価、価値判断をしています。

自分の人生に起きてくる出来事にも絶え間なく「いい・悪い」と判断しています。

人と比較しては、優劣、勝ち負けの判断をすぐします。

理想的な自己と今の自分を比較して、今の自分にダメ出しをします。

思考過剰、あるいは、思考と自分を同一化するとたいてい、

「深刻病」(シリアス病)になり、

人生が重たくなってしまうのです。

深刻な顔をした馬やネコや犬やサルを見たことがあるでしょうか。

マイペースでリラックスの達人であるネコちゃんは、

シリアス人のお師匠さんです。

「マスター」と呼んでもいいと思います。

自分が自分を生きていない感じがする人、

人生が重たいエネルギーで暗雲たれこめている人、

自分が何をやりたいんだかよくわからない人、

人生が全然面白くない人は、

まずは無駄な思考を減らしていきましょう。

生まれては消え、生まれては消えしている思考や感情をただ静かに眺めている意識に注意を傾けてみましょう。

自分の純粋感性につながりましょう。

やりたいことがあったら、 四の五の言わず、バカになってやってみればいいのです。

その人の個性や無邪気さや純粋さという「いのちの輝き」は、

その人の感性が溢れ出しているところに存分に表現されているのです。

 

クリスタルボウルが大好きなレオくん

 

インテリの悲観論より、アホの楽観論

 

さて、この『アホは神の望み』は、

小見出しを見ただけでも垂涎ものです。

この小見出しを見て、よだれが垂れた人は、

間違いなく豊かな「アホ力」を持った感性あふれる人だと思います。

アホ万歳!です。

 

●「でくのぼう」という愚かで深い生き方

●神の好きなものは
「器の大きなバカ」「素直で正直なアホ」

●鈍くて大きな人がいちばん遠くまで行く

●神はバカ正直な人に微笑む

●枠にはまった優等生、みんなから褒められるようなお利口さんになるな。

●こざかしく小さくまとまるくらいなら、愚か者であるほうを選べ。

それも常識をはみ出してしまうくらいの器の大きなバカになれ。

●インテリの悲観論よりアホの楽観論

●いい頭で、「できない理由ばかり」探していないか

●偉いひとほどいばらない

●根拠のない自信をもて

●科学はみずみずしい感性から生まれる

●理屈を超える「思い」の強さが成否を分ける

●腹を決め、天にまかせると楽天的になれる

●陽気であきらめない心が奇跡を生み出す

●愚か者こそ幸せ者

●「愚かであれ」こそ、神が授けた知恵

「サムシンググレート=神様」はあなたの中にもいるのです!

 

 

『これでいいのだ』
(バカボンのパパの言葉)

わしは バカボンのパパなのだ

この世は むずかしいのだ

わしの思うようにはならないのだ

でも わしは大丈夫なのだ

わしはいつでもわしなので 大丈夫なのだ

これでいいのだと言っているから

大丈夫なのだ

あなたも あなたで それでいいのだ

それでいいのだ
それでいいのだ

わしはリタイヤしたのだ

全ての心配から

リタイヤしたのだ

だからわしは 疲れないのだ

どうだ これでいいのだ

これでいいのだ

やっぱりこれでいいのだ

 

●「バカボン」とは「薄伽梵(バギャボン・バガボン)」=仏教用語でお釈迦様の敬称であり、

サンスクリット語の「Bhagavan(バガヴァーン)」

「Bhagavad(ヴァガバッド)」=全知全能者、覚れる者という意味で、

“Buddha(仏陀、ブッダ・覚者)”と同義語の漢訳。

 

 

 


岡部明美公式サイト

 

「ワークショップ」「個人セッション」「LPL養成講座」の情報はこちらをご覧ください。

http://www.okabeakemi.com

 


書籍&CDのお知らせ

 

『私に帰る旅』
(学芸みらい社)


角川学芸出版から刊行された本書が、
装幀も新たに学芸みらい社から刊行されました。
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『約束された道』
(学芸みらい社)


2017年6月刊行と同時に増刷。
2018年4月第3刷決定。
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『もどっておいで私の元気!』
( 善文社)


1996年5月刊行から22年間のロングセラー。第12刷。
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『いのちの花』
(CD)


¥2,000
CDは講演会、ワークショップ等で販売しています。必要な方は、Facebookのメッセンジャーにご連絡下さい。

 

投稿者プロフィール

岡部明美
岡部明美
心理カウンセラー、セラピスト、研修講師、作家、東海ホリスティック医学振興会顧問
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