人間関係の春夏秋冬

 

 

●人間関係の春夏秋冬

 

人と人とが本当にいい関係、心地いい関係になるためには、

関係性という空には、何度かの雨、嵐、雹、霰が降り、隙間風が吹いたり、霜が降りたりする季節が必要なのかもしれない。

いろいろ降ったり、吹いたりした分だけ、この空は、高く広くなっていくような気がする。

ひとりの人間がいくつものつらい季節を乗り越えて、成長し、成熟していくように、

人間関係にも春夏秋冬があるのだろう。

その季節を共に生き、共に超えていける相手に巡り合えること以上の幸せはないのかもしれない。

 

●出会い、巡り逢い

 

人生を変えてしまうような出会いや再会というのは、決まって、予想もしていなかったようなかたちでやってくる。

出会い、巡り逢いというものが自分の計画の及ばないところで起こるものであるならば、きっと、これは、神さまのお仕事なのだろう。

 

●沈黙は、祈りに似ている

 

土の匂い、森の匂い、風の匂い、お日様の匂い。

自然は、こんなにもいろんな匂いがあるのだ。

沈黙すると、今まで聞こえなかったものが聞こえ、匂わなかったものの香りを感じ、今まで見えなかったものが見えてくる。

何もない静かな時間が心地いい。

沈黙は、祈りに似ていると思う。

雨が降りそうになってくると、

空気の匂いが変わることにも

気づく。

空気の中に土の匂いが混じるのだ。

大地が雨を待つからだろうか。

自然の音と匂いに包まれていると、自分が何かとても大きなものに包まれている安心感を覚える。

「大丈夫だよ」と言ってもらっている感じがする。

ずっとずっとこの感覚を求めて生きてきたように思う。

大きな大きなものに自分は守られているという感覚、見守られているという安心感。

 

 

 

●いのちの川の流れ

 

「死」を深く見失うことは、

「生」を深く見失うことと

同じだった。

私は、私の中を自然に流れてい た、私自身の「いのちの川の流れ」を、どこかで感じられなくなっていったのだ。

 

●最も深い「生」

 

今目の前にある自分の「死」は、私に「生」を突きつけている。

死は、最も深い生なのだ。

死が私に「生きなさい!」

「本当に自分が生きたい人生を 歩みなさい!」と迫っている。

 

●彼岸の沈黙

 

彼岸の沈黙が

此岸の生者を饒舌にする。

 

●生きることそのものが巡礼

 

人生を深く生きようとする人は、

生きることそのものが、

巡礼なのだ。

旅、やがて、思想なり。

 

 

 

●男の人特有の表情

 

「男の人には特有の表情があるなあ」とずっと思っていた。

泣きたいんだか、怒りたいんだか、自分でもよくわかっていない表情。

立ち入り禁止の表情。

自分が堪えているものを必死になって人に見せまいとする顔。

そのくせ、目と背中から精一杯、SOSを出している。

きっと自分でも自分の気持ちがよくわかっていないのだ。

そんなわからなさを、どうじようもなく自分の心の中に抱えながら、

限界までがんばって生きているのが男なのかもしれないと思っていた。

 

●せめて上等な傷を負いたい

 

生きてゆく中で、人は幾度もこの突然の痛み、傷を経験しているから、

自分を守るために鎧を着る。

二度とこんな悲しい思いをしたくないから、

二度とこんな痛みは感じたくないから。

鎧を一枚一枚重ねるごとに、

人は臆病になっていく。

でも、どんなに用心深くなっても、

人は、人との関わりなしに生きていくことはできないのだから、

突然の傷からは、人は永遠に逃れられないのだ。

無傷で生きていくことができないのなら、

せめて上等な傷を負いたい。

その傷が、自分を成長させ、

人生をより深く生きていくために

必要だったと、後で思えるような

傷、、、

 

●置き去りにしてきた自分

 

ふと思った。

健康になるというのは、

病気が治ることだけじゃないのだと。

置き去りにしてきた自分、

捨て去ってしまった自分、

大切に育ててこなかった自分を

取り戻すことなんじゃないかって。

そして、切り離されていた、

「大地と空」とのつながりを取り戻すこと。

瑞々しい「感性」を取り戻すこと。

しなやかな「からだの野生」を取り戻すこと。

「忘れていた自分」を思い出すことなのかもしれない。

 

 

 

●再生と復活への道

 

暗く長いトンネルを抜け出た人たちの「いのちの輝き」ほど眩しく美しいものはない。

「再生と復活への道」は険しいけれど、

いのちの痛みを経験した人は、生まれ変わって、

本当のいのちの輝きを手に入れるのだ。

 

●あなたの歌を忘れないで

 

人は少しづつ変わっいくものだけれど、つながり続けている人というのは一様に、

「そこだけは変わったらだめだよ」

「それをなくしたらあなたじゃないよ」

というものをなくしていない。

一人ひとりが持っている

「それ」と「そこ」というのは、

カナリアにとっての歌のようなものかな。

あなたの歌を忘れないで、、、

 

●運命が手招きすること

 

新しい季節というのは全く予想もしていないかたちでやってくる。

何の変哲もない日常生活のほんのひとこまに、

それは、起こる。

不意にやってくる。

占い師の誰も予言しなかったようなかたちで。

おそらく、自分の計画ではないところで、

運命がその人を連れて行く場所、

運命が手招きすることというもの

があるのかもしれない。

時が、来れば、その人の。

 

 

 

 

●創造に昇華させるエネルギー

 

たぶん、内側に熱いものや烈しいもの、暗いものや重いものを持っている人間というのは、

なんらかの形で吐き出すとか、表現するという行為をし続けなければ心のバランスがとれないのかもしれない。

吐き出すものを、コミュニケーションや創造に昇華させることで、生きるエネルギーに変換しているような気がする。

少なくとも、私の場合はそうだ。
これが私のいのちのバランス感覚なのかもしれない。

生きるということは、自分のエネルギーを何によって燃焼させていくかということだ。

 

●「ひとつの道」

 

人生の試練の時に、自分の内側に問いを立てた人と、

自分を超えた大いなるものに眼差しを向けた人というのは、

理屈では説明し切れない何かによって、

遅かれ、早かれ、ある「ひとつの道」へと呼び込まれていく。

 

●わかる

 

本当に「わかる」というのは、

それを「生きる」

ということなのだ。

 

 

 

●人生の新しい扉

 

人生の新しい扉が開く前は、堪え難い苦痛がやってくる。

崖っぷちに立っている時というのは、新しく物事が「展開」していくよという合図。

人生の新しい扉は、「自動ドア」ではなく、

自分の手でしか開かない観音開きの「手動ドア」

両手に握りしめていた未来の不安や恐れ、過去への執着を手放した時に、新しい扉が開く。

 

●魂の切ないほどの願い

 

道に迷うということは、それだけ真摯に求めている、魂の切ないほどの願いがあるということ。

道を求めている「求道者」であるということ、あなたの在り方、生き方そのものが。

 

●決断

 

本気で想い、本気で決意、決断するとコトは動く。

 

●道があなたを導いてくれる

 

これだというものに出会えたら、

ひたすら、自分が信じた“道”を行く。

あとは、道が、あなたを導いてくれる。

 

 

 

角川学芸出版から刊行された「私に帰る旅」が、この度、学芸みらい社から新版として出ることになりました。

カバー写真、装幀、中扉写真を変えて、中扉裏には、本文の中からその章の一番エッセンスになっている文章を載せています。

上記の文章は、すでに「私に帰る旅」を読んでくださった方が、中扉の写真の裏に載せる本文の文章の一節をFacebookで投票してもらったら最も得票の高かったものです。

帯の推薦文は藤田一照さん(曹洞宗国際センター所長)からいただきました。

藤田さんの「青虫は一度溶けて蝶になる」(春秋社)はとても感銘を受けました。

 

この人生、捨てたものではない!

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Published by 岡部明美

心理カウンセラー、セラピスト、研修講師、作家、東海ホリスティック医学振興会顧問 ▼詳しくはこちら

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