絶望感、無力感、あきらめが急に浮上してきた

絶望感、無力感、あきらめが急に浮上してきた

 

 

ユーラシア大陸の西のはずれに発生した産業文明は

数百年のうちに全世界に広まり

巨大産業社会を形成するに至った

大地の富を奪いとり

大気を汚し

生命体を意のままに造り変える

巨大産業文明は

1000年後に絶頂期に達し

やがて急激な衰退をむかえることになった

「火の7日間」と呼ばれる戦争によって

都市群は有害物質をまき散らして崩壊し

複雑高度化した技術体系は失われ

地表のほとんどは不毛の地と化したのである

その後、産業文明は再建されることなく

永い、たそがれの時代を人類は生きることになった

 

 

35年前に描かれた世界が今まさに現実化している

35年以上前に宮崎駿は「風の谷のナウシカ」で、

マスク無しでは生きていけない未来の世界を描いた。

生命体を意のままに造り替える

「巨大産業の闇世界」がそこに描かれている。

35年前に描かれた未来の世界が

今まさに現実の世界になっている

という事実に戦慄を覚える。

「風の谷のナウシカ」は、アニメでは10回ほど見ている。

しかし、このコロナ騒動が起きてから数人の友人に

「ぜひ原作を読んでみて」と言われ購入してみた。

アニメには描かれていないこともたくさんあった。

緊急事態宣言が解除されたとはいえ、このコロナウイルスの世界的パンデミックが起きた

2020年に再び「風の谷のナウシカ」の世界に触れることには意味があった。

 

なんか偉そうなんじゃないの?

最近、Facebookの他者の投稿を見ていて気づくことは、学者や専門家でもない普通の人達が

「地球」「人類」「世界」「文明」といった言葉をフツーに使っている人が増えていることだ。

これは新型コロナウイルスが瞬く間に世界レベル、地球レベルの出来事になってしまったことで

私たちのパースペクティブがいやおうなく意識を拡張させる方向にはたらいているからではないだろうか。

以前の私は、「人類」とか「地球」なんて言葉を言ったり、書いたりする時

「なんか偉そうなんじゃないの?」

「そんな大業なこと言ちゃって、自分をナンボのもんだと思ってるの!」

という超自我(スーパーエゴ(注))の声が聴こえてきた。

でも、私の感性の実感は、これ以外に表現しようがなくて、

今は「それでいいのだ!」

とバカボンのパパしている。

 

森が滅びると、文明も滅びる

地球の歴史の中で、森がなくなった世界は、その文明もまた森とともに滅びている。

ナウシカを見ると、森の大地の下で生きる様々な小さな生き物、

微生物たちにとっては、山を削り、樹を伐り倒し、

大地に除草剤、農薬など化学物質を撒きちらす人間は、

コロナウイルスのような存在なのではないだろうか、彼らにとってみれば。

オームが「腐海」を「浄化」するために生まれたように、

新型コロナウイルスは、

人類に何かを気づかせるために、

何かをもうやめさせるために生まれたとしか思えない。

例えウイルスが噂されているように人工的な生物兵器であろうが、

自然発生的なものであろうが、、、

この視点が大きかったので、世間がパニックになっている時でも不安や恐れはほとんどなかった。

ただこのコロナウイルス騒動の本当の正体を知りたいという想いと

これが今世界に起こっていることの意味を深く考察したいという想いの方が強かった。

そして、それは自粛解除されたいまも同じだ。

私にとっては、やっと自粛が解除された、

ようやくコロナ騒動が終わった、

ヤレヤレにはならないのだ。

 

もう何もかも手遅れ

世界の滅びと愛する者たちの死を目前にして

ナウシカが こうつぶやく場面がある。

「もう何もかも手おくれだ、、、

ここが私の旅の終わりだろうか。

こんなに世界は美しいのに、、、

こんなに世界は輝いているのに」

ナウシカの呟き同様、私も美しい大自然の中にいると、

この星はなんて豊かで美しいのだろうといつも思う。

私は、3・11以降、この社会の有り様に非常に疑問を持つようになった。

危機感と言った方がいいかもしれない。

個人の意識の変容の総和は、社会の意識の変容へとつながっていく。

それが今言われている次元上昇、アセンションの意味だと私は解釈している。

3・11以降、私は、日本の社会や世界のパラダイム・シフト(注)について論じられている情報を積極的に集めるようになった。

それによって明らかにわかってきたことは

「男性原理」「競争原理」「経済最優先社会」「金権社会」「物質文明」から、

「女性性の発露と表現と創造」「感性原理」「共生原理」「生物多様性」「精神文明」「情報革命」「意識の目覚め」

へと時代の意識と社会の構造は変わってきているということ。

しかし、光が溢れてくると、それと同時にこれまで抑圧されていたものや隠されていた闇が浮上してくるのは、

個人の自己探究のプロセスで起こることと同じだ。

ここ最近、ディープステートの情報に触れることが多くなってきたのは同じようなプロセスなのだと思う。

浮上してくるものはみな浄化だ。

ナウシカが現実を変えられないことの絶望を呟く場面で

ページをめくる私の手が止まってしまった。

心がザワザワ、モヤモヤしでくるのがわかった。

私は、深いため息をついた。

現実を変えらないことで味わうこの絶望感、無力感、あきらめ、、、

これは私にとって馴染みのある感覚、感情だった。

 

生きていたって何にも面白くない

突然、ページを閉じ、

目も閉じ、意識を内側に向けた。

そして、深いため息に寄り添ってみた。

「ため息ついていいよ」

「ガッカリしていいよ」

「怒ってもいいよ」

と自分に許可を出した。

すると、ため息と共にこれまでの人生で何度も、

こうした「絶望感」や「無力感」や「あきらめ」を感じていた記憶が浮上してきて胸が苦しくなってきた。

「家を出るだの、離婚するだの、なんでおんなじことをそんなに繰り返せるの!!そんなに嫌ならさっさと別ればいいじゃん!!」

と両親に怒りながら、でも小さな私はこの混乱した家族の現実に対してあまりに無力だったこと。

「もう私の人生なんてさっさと終っていいよ。生きていたってなんにも面白くないもの」

失恋をして、世界を失ってしまったと思うほど暗闇に落ちていった日々

仕事に行き詰まり、人生に行き詰まり、これからどうやって生きていけばいいのかわからなくなり、

出口の見つからない五里霧中の中を彷徨っていた日々

医師に脳腫瘍が再発していることを告げられた瞬間のあの絶望と恐怖。

その恐怖を秒殺して、必死に希望を見出そうと駆けずり回っていた日々。

「こんなに一生懸命いろいろやってきたのに。すべて無駄だったのだろうか。今度はもう助からないかもしれない、、、」

やっと再発した病気が治癒して、自分のライフワークを見つけて歩み出したら、

ビジネスパートナーが急逝。あの時にもこの感覚、感情に押しつぶされたのだった。

 

人類なんてもう滅亡しちゃえばいいじゃん

新型コロナウイルス騒動が始まってから次々に入ってくるイルミナティ、ディープステート情報は、

超絶久しぶりに記憶の底にあった「絶望感」や「無力感」や「あきらめ」の気持ちを浮上させた。

もしこれが本当なら、恐ろしい世界に今私たちは住んでいるわけで、

もう手遅れなんじゃないかとすら思えた。

真相のすべてはまだ明るみには出ていないのかもしれないが、

「Thrive」くらいは情報としては知っておいてもいいと思う。

信じる、信じないは後で決めればいい。

今までの時代は、情報はすべて権力者が握っていた。

それがインターネットで瞬時に世界と繋がれる時代になった今、

動画配信、SNSなどで情報は誰にでも入手できるようになったのは革命的なことなのだ。

「Thrive」がすでに世界で400万回以上再生されているという事実は大きい。

山が動く可能性はある。

Thrive

他にも色々見てみたが、全ては二次情報だし、

私がこの目で見て確かめたわけではないので決して鵜呑みにはしないが、情報として知っておいた方がいいだろうというスタンスでいる。

しかし、それらの情報に触れる頻度が多くなるにつれて

心身に不快感を覚えることが多くなった。

たしかにこのコロナ騒動の背景に私はずっと人為的な操作を感じていた。

何か裏があるという違和感が拭えなかった。

この違和感、気持ち悪さを感じいていると私の腹から怒りが湧いてきた。

「莫大な金と権力を持った一握りの支配層の、人を人とも思わぬ傲慢さと餓鬼のような欲望。どこまで人を食い物にすれば気が済むんだ」

「一生懸命働きながら健気に生きている市井の人たちを、どこまで自分達の思い通りにコントロールする気なんだ!!」

「戦争という名の人殺しの歴史じゃない、人類史なんて。日常で人を殺せば犯罪。戦争でたくさんの人を殺せば英雄。バカなんじゃないの人間って」

「人類なんでもう滅亡しちゃえばいいじゃん」

 

絶望や無力感の奥底にあった魂の願い

こんな空恐ろしい声が内側から聴こえてきたら、

喉も胸もギューっと締め付けられるような感覚になり、

みぞおちのあたりも重苦しくなってきた。

この「身体感覚」と「感情」と「頭が呟いている言葉」を一つひとつ丁寧に感じ、

さらに、その奥の奥の感情や想いの層に次々に降りていく「セルフ・ジャーニーワーク」をやってみた。

すると、それぞれの層でこんな声が聴こえきた。

「でも最終的はあきらめなかったよね。よく生きてきたじゃない。あなたは本当にがんばったよ」

「絶望や無力感の奥に魂の本当の願いを思い出したよね。そしてそこから大きく人生の舵を切ってきたからこそ今があるんだよね」

「ナウシカも言ってたでしょう。私の中にも闇があるって。自我(エゴ)が持つ闇。人間である限りみんな持ってるもの」

「誰の中にも大なり小なりある自我(エゴ)の恐れと欲望。世界のスクリーンに自我のシャドゥが映し出されただけ。シャドゥと戦ったらまた戦争だよ。光を当てるんだ。光であるんだ」

「日本は幾度も幾度も国難を超えてきた民族だよ。日本は変わるよ。それだけのものを持っている国だよ」

こんな言葉がそれぞれの感情の層から聴こえてきた。

さらに「心の深い海」のもっと奥深くにどんどん潜っていった。

するともうある層からは感情も思考もないスペースに入っていった。

そこはただただ平和で静かで愛に溢れたエネルギーの世界だった。

世界はやはり美しく、優しい。

人間も動物も健気に生きている。

植物はみな置かれた場所で咲いている。

人間の心の奥底には誰もが神聖なるもの、

純粋なる意識と愛と英知が備わっている。

永遠なる魂が、今生はこの身体で、この私として精一杯生きている。

目覚めの時が来たから、人類が堆積してきた膿出しが今起きているだけ。

目を開けて、ふーっとため息をついた。

心地いいため息になっていた。

もう最初のため息とは全く質の違う次元にいた。

目をあけると静かな涙が頬をつーっと流れた。

そして、私は、ゆっくりと次のページをめくった。

 

男性性(火の文明)によって汚染された世界

男性性(火の文明)と女性性(水の文明)

宮崎駿作品の根底には

男性性(火の文明)によって汚染されてしまった世界を

女性性(自然・いのち・水の文明)が癒す、、、

という神話的な構図がある。

風の谷のナウシカでは、繁栄を極めた「物質文明」が「腐海」になってしまう。

水に沈んだラピュタ文明は「森になって」空を漂う。

崖の上のポニョでも 「街に洪水が襲ってくる」という設定だ。

今地球では、洪水や森林の大火災が続いているのは周知の通りだ。

日本も例外ではない。

それどころか、3・11の東日本を襲った大洪水をはじめとして次々に各地で洪水が起きている。

男性性の社会である火の文明が

女性性の象徴である水によって

浄化される物語が多いことは偶然ではない。

 

「自然」を愛しながら「人間の世界」にとどまっている人

風の谷のナウシカの世界では、

放射能に侵された森(腐海)が広がっているが、

ナウシカは、腐海の底の底は

「浄化された天国」のような世界で、

死の象徴だった腐海の木々は、

実は人間が汚した毒を体に取り込んで「 綺麗な結晶」にしていたことに気づく。

ここは感動的な場面だ。

ナウシカについて宮崎駿はこう語っている。

『エコロジストとか自然愛好家とかいう人がいるけど、なぜか皆、人間嫌いの世捨て人になっちゃうでしょ。人間社会の否定的な側面にしか立たないんですよ』

『ぼくは自然を愛しながら、なおかつ人間の世界にとどまっている魅力のある人物を描きたいと思ったんです』

宮崎駿の作品のヒーローは女の子、女性が多い。

今まではヒーローと言えば、ほとんど男性だったことを考えるとこれも時代なんだなと思う。

世界的なコロナパンデミックで活躍したのも

世界各国の女性の首相やリーダーだったことも併せて考えると

「女性性」「フェミニンリーダーシップ」というキーワードでブログを書いてみたくなった。

いつになるかわからないけれど、今回のブログを書いていたら、

私は20代の頃からずっとジェンダー問題に取り組んでいたことを思い出したのだ。

ジェンダー問題は、SDGs(注)の重要な柱の一つでもあるし、いまの私の思いと感性で書いてみようかと思う。

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文中注釈

超自我(スーパーエゴ)】:フロイトの考えた概念。超自我は、自我を監視します。

道徳的な良心や理想に照らして自我の活動を観察し、評価や批判を下します。

ベキ・ネバの元です。「きちんと」「ちゃんと」「人に迷惑をかけてはいけない」「人の目が気になる」「自分がやりたいことをすることに罪悪感がある」

など親の価値観や条件付けからくる無意識の自動反応。内なる批判者、インナーペアレンツという言葉でも表されます。

そのため、超自我は自我の防衛反応を起こす原因とされています。

自我が単独で防衛機制をはたらかるのは稀であり、自我を見張る「超自我」があるからだと言うのがフロイトの説。

パラダイムシフト】:ある一時代や集団を支配する考え方や思想、価値観などが、その枠組みごと劇的に変化すること

SDGs】:SDGsについては過去ブログを参照

誰ひとり置き去りにしない〜What are the SDGs? 〜

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文明と森といのちのつながりについての過去ブログ

●道夫のいのちの言葉と写真

 


 

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個人セッション・ワークショップ・LPL養成講座情報

●岡部明美のワークショップ・LPL養成講座

http://www.okabeakemi.com

 

●岡部の個人セッションは年内お休みです。

 

●LPL養成講座の認定カウンセラー・セラピストがオンライン個人セッションをしています。お勧めです。

オンライン個人セッション可能な認定セラピスト紹介ページ

 


◆岡部明美&大塚あやこの【東京3daysワークショップ】(主催:一般社団法人ビリーフリセット協会)

2020年7月3日(金)~5日(日)2泊3日
今回は宿泊ありと宿泊なしが選べます

3日 開始:午後1時30分
終了:19時ごろ

4日 開始:9時30分
終了:19時ごろ

5日 開始:9時30分
終了:13時ごろ
(ランチを食べて解散)

ホテルグランドパレス(九段下)
東京都千代田区飯田橋1-1-1

●時代の転換期を迎え、人生のネクストステージへ

「岡部明美」と「大塚あやこ」のダブル講師が人生変えたい方の背中を押し、

「人生の新しい扉」を開く。

・これまで順調だったのに、最近行き詰ってきた。

・以前のような意欲やがんばる気力が出ない

・やるべきことはやってきたけど、本当にこれでいいのか?

・自分の人生、もっと他にあるんじゃないか?

そんな感覚が強くなってきたら、それは「転換期」

人生のターニングポイントがやってきたということです。

ここから先、全く新しい人生のステージが始まっていきます。

古いビリーフ(思い込み)をリセットして感性を取り戻すと、「本当の自分を生きる人生」が始まります。

◆お問い合わせ、お申し込み

東京3daysワークショップ

 

 


書籍&CDのお知らせ

 

●拙著2冊以上をご希望される方は、定価の2割引き、郵送費当方負担でお送りいたします。

●お申込み(お名前・ご住所・電話・メルアド・本のタイトル・冊数を書いて下記にお送りください)

3daysbook@okabeakemi.com

 

『私に帰る旅』
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角川学芸出版から刊行された本書が、
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2017年6月刊行と同時に増刷。
2018年4月第3刷決定。
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( 善文社)


1996年5月刊行から24年間のロングセラー。第12刷。
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『いのちの花』
(CD)


¥2,000
CDは講演会、ワークショップ等で販売しています。必要な方は、Facebookのメッセンジャーにご連絡下さい。

 

投稿者プロフィール

岡部明美
岡部明美
心理カウンセラー、セラピスト、研修講師、作家、東海ホリスティック医学振興会顧問
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